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2012年6月12日 (火)

個人の責任

○心斎橋通り魔事件の容疑者の不幸な境遇が新聞に書かれている。そういう事実を知る時、私を含め大抵の人は「同じような経験をしていても真面目に生きている人はたくさんいるのに」と考える。しかし、「だから容疑者は甘ったれだ。同情の余地は無い」と非難し、裁くだけでいいのだろうか?
 歯を食いしばって耐えた人々と転落してしまった人々との間には、意志の強さ以外の差があるような気がする。それを調べることによって、人を犯罪者にさせないヒントが得られるのではなかろうか。


○反対に、個人の責任をより大きく背負わせたほうがいいと思うのが、牛の生肉・生レバーの提供禁止問題である。
 国や自治体にしてみれば、食中毒が発生した場合に「それ見たことか」、「店の点検、指導は十分だったのか」などと責任を追及されかねないから、食べる機会を奪うのが一番だという発想にどうしてもなってしまう。
 そうさせないためには、店と客の双方が牛の生食のリスクを共有し、一定の責任を負うことだ。
 店は安全対策の中身と、それでもリスクを完全には除去できないことを客に説明し、客はそれを確認、納得した上で食べる。
 そもそも食べたい気持ちより不安が大きければ食べないのだから、メニューを選べない(出されたものを食べるしかない)給食での提供のみ禁止すれば足りる。

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