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2007年11月

2007年11月30日 (金)

本日の謝罪会見

亀田大毅の会見の感想を一言で言うと、「何じゃそりゃ?」である。



詫びの言葉はあったものの、どんな心境で反則に及び、前回の会見以降、何を思い何をして過ごし、処分が解けて試合に出られるようになったらどんな態度で臨むのかなど、記者やボクシングファンらが聞きたかったであろうことについては一切語らず、ジムの会長が早々に会見を打ち切ってしまった。



「これからを見てくれ」ということなので、見ていくしかないが、対戦相手を侮辱する言動は慎むべきだし(強気の発言、例えば1ラウンドでKOしてやるというような発言は構わないと思う)、歌謡ショーをしたければ試合とは別の日に自分のファンだけを集めてやればいい。






朝青龍の会見はいわゆる「仮病疑惑」の説明が不十分だったし、モンゴルのバーで暴れたとされる報道について尋ねられると、「よく考えて質問してください」と突っぱねるなど、
反省の色が無かったとは言わないが、どこまで反省しているのかなあと疑問が残った。



また、師弟関係が壊れているのは周知の事実であり、それを修復できるものなのか、これもまた疑わしい。



いっそのこと、あの占い師さんが特殊メイクをして親方になりすましたらいいと思うのだが、こんな発想はおふざけが過ぎるだろうか?



2007年11月29日 (木)

それでも書きたいこと

一昨日の夜、明日はこの話を書こうと決めて眠りにつき、翌朝目覚めてテレビを見ていたら、「とくダネ!」でその問題を取り上げていた。




小倉智昭、高木美保らの発言の中に、まさに私と同じ意見があった。それなら書くのを止めてしまおうかと一旦は二の足を踏んだけれども、それでも書くことにした。




パクリと疑われても、また、容疑者が逮捕されてから書くのは後出しじゃんけんだと非難されても、大事だと思うことは書いておきたい。




それは他ならぬ、香川県坂出市で祖母と孫が殺された事件の報道についてである。




当初、詰めかけた報道陣を前に「情報が欲しい」と訴えた孫の父(祖母の娘の夫)はその後、犯人と疑われてしまった。




正直に言おう。私も疑った一人だ。報道陣に対して威圧するような表情で声を荒げる姿に、畠山鈴香被告を重ね、この人怪しいなと思った。
(※そう感じた人が多かったのではないかと小倉智昭が述べていた。)




しかし、私はその疑念をすぐにかき消した。義母と娘の行方に関する有力な情報が入ってこない上に、家の周りには報道陣が連日べったりと張り付いている。そんな状況下で、常に平静でいられなくてもおかしくはないからだ。




他に警察への通報が遅かったことを理由に不審を抱いた向きもあったようだが、これも根拠としては弱い。




家族がいなくなり血痕だけが残っているのを発見したのに直ちに通報しないのは変だというのはあくまで第三者の意見であり、突然当事者の立場に置かれてマニュアル通りに動けるとは限らない。気が動転することもあれば、自分で捜し出そうという思いが先に立って、近所や行きつけの場所を走り回り、その後で通報を思いつくこともあるかもしれない。
逆に、犯人ならば、即刻通報して疑われないように工作したり、血痕を丁寧に拭き取り、半日か1日後にやっと通報して、「そのうち帰ってくると思っていた」と嘘をつくくらいのことはやりかねない。




こうした短絡的な思考により、メディアが彼を犯人だと睨み、視聴者を同調させるように(たとえ無意識でも)仕向けたとすれば、松本サリン事件の二の舞ではないか。
(※高木美保も教訓が生かされていないと悲しんでいた。)




さらに、容疑者逮捕後の報道にも問題がある。




容疑者を知る人物へのインタビューで「どんな人でしたか?」ではなく、「怒りっぽい人でしたか?」と誘導する形で質問している。




だいたい、そのインタビューも何人に行っているのだろうか。容疑者と特に親しかった人と特に不仲だった人とでは答えに大きな差が出るはずだ。1人や2人に尋ねただけで人物像は掴めない。




「殺害後、何食わぬ顔で勤務」、「(拘置所で)食事を全部食べた」というテレビ局記者のレポートには、視聴者の怒りを煽る意図が透けて見える。「同僚によると、勤務態度に変わりはなかったそうだ」で十分だし、食事を全部食べたから反省していないと決めつけるのはいかがなものか。




「普段は穏やかだが、キレると・・・」と新聞に出れば、読者はああ怖い奴だと思うだろうが、そんな人は五万といる。殺人犯に限ったことではない。




別に容疑者の肩を持つつもりはない。誇張も演出もない“ありのまま”を切り取って伝えてほしいのだ。




メディアは人ひとりの人生を一変させるほどの絶大な力を持っている。だからこそ、報道は慎重かつ謙虚に行わなければならない。そして、「真実なんて誰にも分からない」といわれる、その真実に迫ろうとするならば、情に溺れたり、ましてや、先ず結論ありきで取材するようでは、真実には到底辿り着けない。




報道のあり方、また、視聴者・読者は受け手としてどうあるべきかは、私がずっと考えているテーマの一つであり、今回改めて書いてみた。(本当は昨日アップしたかったのだが、書くのに時間がかかってしまった。)







ところで、この事件に関しては、「はよせんか」と言う男の声を聞いたという証言があったが、それは結局何だったのか、気になっている。



犯人が複数いて、そのうちの誰かが発したと考えられていたが、逮捕された男は単独で押し入ったと供述しているようだ。



すると、誰も「はよせんか」と言わなかったのか(ガセネタ、聞き間違い)、
無関係の家の中で出た声なのか、
容疑者が共犯者の存在を隠しているのか、
それとも容疑者が被害者に命令する声だったのか・・・・・。



場合によっては今後の捜査或いは報道にかかわるだけに、早急に解明すべき点であろう。(既に解明されていたら、私の情報収集不足。ご容赦いただきたい。)




焦るとろくなことはない。

前の記事は連続更新をストップさせないため、24時ぎりぎりに慌てて投稿したものだった。



その結果、あまりに雑な出来だったので、さっき手直しをした。



2007年11月28日 (水)

トリビアの泉SP

亡くなった中江真司さんの後任としてナレーションを担当したのは、窪田等だった。




TBS系「情熱大陸」における、対象者と程よく距離を置いて温かく見守っているようなナレーションを聴いていると、もう彼抜きにして番組は成立し得ないとさえ思うが、トリビアをやるにはちょっと甘さが強い感じがした。




テレビ朝日系「相棒」の米沢役の六角精児のような、陰のあるクールな声が合っているような気がする。



2007年11月27日 (火)

ALWAYS 続・三丁目の夕日

やられた。一度だけ目から汁が出た。




印象的なシーンは2つ。




(1)親戚が事業に失敗し、ダム工事現場で働くことになったため、その娘・美加(小池彩夢)を鈴木家で預かることとなった。ある日、美加はトモエ(薬師丸ひろ子)に洗濯物を脱水し干すよう命じられる。それまで裕福でおそらくはわがままに暮らしていたであろう美加は渋々引き受ける。2階のベランダで物干し竿に洗濯物を引っ掛けようとしたが落としてしまい、外へ取りに出て、ふと周囲を見ると、他の家の子供たちは洗濯、掃除、買い物など何かしら手伝いをしている。ここで、美加の心に小さな変化が起きるのだが、それを台詞なし、映像のみで表現するところが巧い。




(2)小雪の泣きの芝居は彼女の真骨頂だと私は思っている。泣き顔が美しい女優は他にいないんじゃないか。女々しくならず、凛としている。TV「僕と彼女と彼女の生きる道」で密かに思いを寄せる男性が別居中の妻との関係を修復しつつあることを知り、祝福の言葉を贈った後、帰宅してひとり号泣する場面を思い出した。




展開が予想と異なった点も2つ。




(1)てっきりあの勢いで巨大化して闘うのかと思いきや、それはなかった。まあ、やってしまったら「大日本人」になるから、あれでよかった。(観ていない人には何のことだか分かるまい。)




(2)鈴木家に来た日から不満を口にする美加が、だんだんと打ち解けていく過程を時間を割いて描くものと思ったが、そこはあっさりしていて、いつの間にか馴染んでいた。よく考えてみれば、子供は環境に順応するのが案外早いし、周りがいい人ばかりなら尚更だ。




日本橋の質感など、VFXの限界を露呈したところもあるが、出演者の息が合っているし、いろいろなエピソードをちゃんと関連付けてまとめ上げた脚本も見事。



2007年11月26日 (月)

気になるCM

山口百恵のラストシングル「さよならの向こう側」。彼女が引退して四半世紀をとうに過ぎた今、私の好きなこの名曲がCMで使われている。



音源はオリジナルではなく、誰かがカバーしたものなのだが、その誰かがさっぱり分からない。



ややかすれた感じの魅力的な歌声はUAやSalyuに似ているけれど、2人のどちらでもない。聴いたことのない声だ。



大抵の場合、画面左下か右下に歌手名が字幕表示されるが、このCM、旭化成の「水の星篇」では表示されず、同社のホームページを調べても手がかりは掴めなかった。



問い合わせが殺到して、ようやく正体が明かされるパターンだろうか?



ナレーションは田中哲司(「ジョシデカ!」に出演)だと思う。これは自信がある。



衝撃の告白

先週の木曜日、舞台「小堺一機&山寺宏一LIVE2007 不定期ライブマン★コミック君!! ~もじゃメガネ君登場!~」を観た。



舞台といっても芝居ではなく、トークと歌のショーなのだが、そのトークで衝撃の告白を聞いた。



山寺宏一、かないみか(声優)と離婚。



昨年離婚したそうだが、「誰にも訊かれなかったから(今まで)言わなかっただけ」と山寺。



ごもっとも。自らすすんで“離婚しましたっ!!”と言う人なんていない。いや、最近いたなあ。そういう人が。まあ、それはさておき、



地上3階、地下にはホームシアターを擁する豪邸をかないに譲り、山寺はマンションで生活しているとのこと。



離婚後も交流があり、山寺はかないを新居に招いたことがあるが、山寺がかつての住処を訪ねてみると、鍵が替えられていて入れなかった。



山寺はこうしたエピソードを面白おかしく語り、観客を爆笑の渦に巻き込んでいた。



※報道されていない芸能人の離婚話を書くことに躊躇がなかったわけではないが、仕事の場で公表されたものであり、何より、(顔を出す仕事を全く又は殆どしていないかないさんはともかく)山寺さんはその存在を広く知られているにもかかわらず、離婚の記事が出てこない(スポーツ紙などは知らないが、少なくともネットのニュースにはアップされていない)のがもどかしく、書かせていただいた。



2007年11月25日 (日)

謎の降板

TBSの「夢の扉」のナレーターは放送開始以来、宮沢りえが務めてきた。それが、この秋から同局の長峰アナウンサーに替わった。



長峰アナは宮沢りえが舞台に出演している間の代役と思っていたが、舞台が終わっても宮沢は復帰せず、番組の公式ホームページを見ると、宮沢の名前が消えていた。



どうやら宮沢は降板したようだ。降りたのか降ろされたのかは知らないが、続けてほしかった。





ところで、宮沢が主演している映画「オリヲン座からの招待状」の客の入りが良くないらしい。大笑いすることも号泣することもない静かな映画だが、もうちょっと評価されてもいいと思う。当たっている三丁目と恋空の陰に隠れてしまったのだろうか?



2007年11月24日 (土)

びっくりしました。

11月20日の記事の訪問者数が過去最高の571を記録しました。トップページから入ってくださった方を含めれば、600人弱の方が読んでくださったことになります。




ニフティのトップページで紹介していただいたのが大きかったようです。




その記事を改めて読み返すと、これまたどうしようもなく拙い文章で歯がゆいし、恥ずかしいです。




書き続けていくうちに多少なりとも文章力がアップするんじゃないかと思っていましたが、怪しいですね。




それでもめげずに、時には自分のことを棚に上げ(時にはどころか殆どいつもそうなのだが)、書きたいことを書いていきます。



2007年11月23日 (金)

六義園(りくぎえん)

六義園(りくぎえん)
駒込にある紅葉の名所。

ここ数日の冷え込みで見ごろに近づいているのではないかと期待したが、あっさり裏切られた。

紅葉を探さねば見つからぬ状況の下、望遠機能のない携帯電話のカメラではこれが精一杯だ。

2007年11月22日 (木)

国立新美術館

国立新美術館
写真は首か画面を傾けてご覧いただきたい。

平日だというのに大盛況。

皆の目当てはフェルメールの『牛乳を注ぐ女』。少しでもじっくり観たい人は昼食の時間帯に行くといいかもしれない。保証はできないが。

2007年11月21日 (水)

笑いごとでは済ませられない話

若槻千夏及び東原亜希のブログに、若槻と所属事務所の社員らが共謀して、東原に大量のテキーラを飲ませたとある。



しかも、若槻のブログに寄せられたコメントのほとんどは、それを面白がっている内容だ。



飲酒がもとで生命を失うこともある。急性アルコール中毒だったり、吐こうとしたものが喉に詰まって窒息したり。



一気飲みや大量飲酒を強要されて亡くなった方の遺族らが、悲劇を繰り返すまじと懸命に訴えても、その声が多くの国民に一向に届いていないというのは、本当にやるせない。



殴る蹴るだけが暴力ではない。酒もまた凶器になり得ることを自覚すべきだ。



私自身、酒で酷い目に遭わされた経験があり、怒りを禁じ得ない。



若槻のブログに批判のコメントを書いたが、管理者判断で掲載されなかった。しかし、私は間違っていないと思っている。



もし東原が入院でもしたなら、若槻は芸能活動を自粛しなければならなかっただろう。



2007年11月20日 (火)

阿部寛結婚

阿部寛結婚のニュースを見て、思わずエッと声を出してしまった。



独身生活が心地良くて、ひょっとしたら生涯結婚しないんじゃないかと勝手にイメージしていたのだが、いい人がいたのか。



一時低迷し、「あの人は今」の類の番組から出演を依頼されたこともあったそうだが(何かの記事で読んだ)、つかこうへいの舞台に出た頃から徐々に評価が高まり、今や硬軟どちらの役を演じても違和感を抱かせない俳優。



苦労人のおめでたい話を聞くと、自分もいいことがあったような気持ちになる。



2007年11月19日 (月)

今夜の要チェック番組

今夜のNEWS23で紹介される「余命1カ月のシンガー」は、おそらく石野見幸さんだろう。



余命1カ月の宣告を受けた後、1年以上生き抜いたジャズシンガー。



亡くなってから彼女のことを知り、最後のステージの一部をテレビで見たのだが、末期がん患者とは思えないほど元気そうで輝いていた。



是非とも見ていただきたい(注:番組後半の登場であれば、関西地区などでは放送されない)。人生は辛く苦しいけれど、それでも素晴らしいものであると教えてくれるはずだ。


*************************


放送が終わった。


私は恥ずかしくなった。


前に見た番組での彼女の姿は比較的元気な時のものだけだったからというのは言い訳でしかない。


私の想像力は、まだまだ乏しい。



再び小栗旬。

155ページ分の台詞を憶えるなんて大したものだ。



その舞台「カリギュラ」には若村麻由美も出演するということでチケット購入を検討したが、他のイベントを優先することにし、でもやっぱりチケットが欲しくなって販売サイトにアクセスしたら、案の定売り切れていた。



ならば当日券を狙おうと計画したが、今度は別の事情で難しくなった。





それはさておき、小栗旬の熱愛記事が出た。



「もう会えなくなった」とこぼしているが、恋人でないなら会えばいい。いや、恋人であっても、不倫などでなければ、堂々と会えばいい。



香椎サイドがそれをよしとしないのなら、電話で芝居について語り合えばいい。



前の記事で私は「スタジオや舞台では得られないものを・・・・・」と書いた。それは恋愛だけではない。例えば読書とか、旅行とか、プライベートのあらゆる経験も、人間として、俳優として成長するのに欠かせないからだ。



自宅と仕事場の往復だけで感性を磨けるのなら、人は仕事だけしていればいい。



ワールドカップ中継

フジテレビ系列でバレーボールの中継をしている。




女子が北京五輪への出場権を得られず、来年のラストチャンスに賭けるという。トリノ五輪の選手にプレッシャーをかけ(もともと入賞も難しいのにメダルメダルと騒いだとの指摘もあった)、つぶしてしまった人々(とりわけマスコミ)は、大いに反省し、今後は“期待しない”ようにすべきである。




おっと、本題はそういう話ではない。この記事のカテゴリーは「映画・テレビ」だ。




私は中継時間に不満がある。




今大会は無理としても、次の大会から「最大延長30分」はやめてもらいたい。




少し長い旅に出るので、予約録画する番組を選んでいるのだが、ハードディスクの残量を考えると、30分余分に録画しなければならないことが大きく影響するのだ。




初めから30分余分に確保しておき、試合が早く終わったら、選手紹介や練習風景などの映像でつなげばいい。




みんながみんな、ワールドカップに夢中になっているわけじゃない。




最後に付け加えるが、日本のチームが北京五輪に出られるなら、それに越したことはないと思っているので、誤解なきよう。




2007年11月18日 (日)

情熱大陸 ~小栗旬編~

映画「イズエー」での小栗旬を観た時、それまで注目していなかった彼が、実は相当に実力のある俳優なのだと気付かされた。



日曜夜にTBS系で放送されている「情熱大陸」は観たり観なかったりだが、先週は小栗旬が出ると知っていたので、久々にチャンネルを合わせた。



人気者とはいえ、スケジュールがあんなに過密だとは思わなかった。それでも自分を甘やかそうとしない姿勢はストイックそのものであり、ファンでなくとも好感を抱くのではなかろうか。



彼は天狗になるまいと常々自戒している。ちやほやされていい気になったら、役者として終わりなのだと。



しかし、気を付けていても落とし穴にはまってしまうのが人間というもの。



さまざまな誘惑を撥ね退けることができたなら、ずっと第一線に立っていられる人だと思う。



それにしても、あのスケジュールは殺人的だ。スタジオや舞台では得られないものを手に入れるために、来年は自由な時間を増やしたほうがいいだろう。



今夜の放送は先週の続き。見逃せない。



2007年11月17日 (土)

ドアを叩く音がしたから慌てて着替えて出てみれば、ボランティアと称する某教団の信者だった。

旅から帰ってまいりました。




映画観て、芝居観て、良い子は見ちゃいけないものを買って(だって、おっさんだもの)。




アクセス状況をチェックしたら、かなり前の記事を見ていただいており、私も改めて読んでみると、話の筋が通ってなくて、何を訴えたいのかがわからない、変な文章でした。




まだまだ修業が足りません。




寒いのでコタツに戻ります。



2007年11月16日 (金)

国立文楽劇場

国立文楽劇場

故黒川紀章氏が設計し、昭和59年に開館。

てっぺんの『文楽』にユーモアを感じます。

2007年11月15日 (木)

何だか世間は、

何だか世間は、

もう半ばクリスマス気分に浸っているようですなあ。

2007年11月14日 (水)

気をつけろっ!!

※いつものように方言の一部を共通語に翻訳してお届けします。




昨夜、実家で起こった出来事。




「おーい」と母が呼ぶ声がする。これは食事だから出てきなさいという意味だ。自室を出てダイニングルームに入るやいなや、父が「さっき、若い男からおかしな電話がかかってきてなあ」と切り出した。私は、どうせまた怪しい投資の勧誘だろうと思った。




「“○○(弟の名)だけど、携帯を失くしちゃってさあ”って言うんだけど、声も口調も違うから、“お前、○○か?○○じゃないだろう”って言ってやったら」




そう、投資話ではない。ド田舎の我が実家にも、ついに振り込め詐欺の魔手が伸びてきたのだ。私は父の話を遮って確かめた。




「それは○○って言ったの?俺とか僕とかじゃなくて?」




「おう。○○って言った」




犯人は弟の名を知っている。そして、東京に馴染んだ息子を演じているのは高校の卒業生名簿でも入手したからに違いないが、お生憎さま、その名簿は古いものだ。弟はずっと前に帰郷し、実家で暮らしている。




「それで、○○じゃないだろう?って訊いたら向こうは何て言ったの?」




「何も言わず切ってしまった。ばれたと思ったんだろう」




父は得意満面である。




「逆探知して警察に発信元を教えられたらなあ」




「ナンバー・ディスプレイっていうサービスがあるよ。でも、いずれにせよ非通知でかけてきたと思うけど」と私は説明した。




「騙された振りをして、振込先まで聞き出したら犯人を捕まえられたかもしれないのに」




父を責める気はないが、悪党を逃した悔しさに、言わずにはいられなかった。




「口座番号だけで犯人が捕まるか?」




「捕まらないかもしれないけど、その口座の取引を凍結させて、被害者を増やさないようにすることはできたはずだよ。」




しかし、私が抱いた感情は悔しさだけではなかった。それ以上に、はやり物を手にした時と同じような興奮を覚えた。その状態で前の記事を書いたのだが、騙されて金を振り込んでしまった人々のことを思うと、不謹慎だった。




最近の振り込め詐欺の手口はますます巧妙になり、作り話(金が必要になった経緯)も新しいものが次々と出ている。今回、犯人がもっと利口で用意周到だったなら、父もあっさりと撃退できなかったかもしれない。




付け入られる隙を狭くするためには、「ウチには関係ない」と無視するのではなく、「ウチにそういう電話がかかってきたら、どう対応しようか」と想定し、心構えをしておくべきなのだろう。



2007年11月13日 (火)

Coming Soon!!

実家でちょっとした事件が起きました。

間もなくココログメンテナンスに入るため、明日ゆっくり書きます。

ポン ポン ポポン ポン

あなたがお住まいの地域でも放送されているだろうか?



松崎しげるが出演しているCM。



あの「あんたも黒ひげ みんな黒ひげ」で始まる歌が耳について離れない。



そのうちCD化されるんじゃなかろうか。



嫌な予感がする。



否、別に嫌じゃない。



嫌と書いたほうが面白くなるかなと思ったからそうしただけさ。




2007年11月12日 (月)

肩透かしを食わされた男

実家は寒い。




住民票を置いている街も寒くなったが、山間部にある実家はもっと寒い。




今日は、晴れ、曇り、雨、雹が短時間で入れ替わり、雷鳴も轟く荒れ模様。




女心と秋の空というけれど、こんなに目まぐるしく心変わりする女がいたら、周りはさぞや迷惑するであろう。




前々回、前回の帰省時には、多数のカメムシ(ヘクサムシと呼ぶ地域もあるらしい)が現れ、屋内では掃除機で吸い取り、外では叩いたり踏んだりと、始末に苦労したので、今回は駅からホームセンターを経由し、駆除スプレーを携えて帰ってきたというのに、カメムシの姿が見当たらない。




それを母に話すと「寒くなったからだろう」と言うが、以前は寒い時期でも見たような気がする。




望んでいたことが現実になったのに、何故かがっかりしている私である。



2007年11月11日 (日)

初めて見ました。

テレビやラジオでそういう人がいると聞いたことはあっても、実際に遭遇することはなかった。



しかし、ついに、やっと、今日、お目にかかった。



「目を開けたまま眠る人」に。



快速列車で向かいの席に座っている少年はイヤホンを耳に挿しているのだが、身体がピクリとも動かず、音楽を聴いているように見えない。



半分開いている目の中の眼球をしばらく観察してみると、これまたまったく動かない。



眠っているのか?



その後、彼の目が大きく開かれると同時に、頭や腕や足が動き始めた。



やはり眠っていたのだ!



私は少し感動しつつ、睡眠中も目を閉じずにいたらドライアイになるんじゃなかろうかと、他人事(ひとごと)ながら心配になったのであった。



2007年11月10日 (土)

無事=偶然?

若い経営者が暴力団関係者と間違われて(正確には間違われたと見られている)射殺されたり、飛び降り自殺に巻き込まれた会社員が亡くなったり、やるせない事件が続いている。これらと同様の事件は過去にも発生している。



こうも続くと、無事に暮らせることが偶然かとすら思えてくる。(亡くなった方が被害者になるべくしてなったと言いたいわけではない。そんなことがあってたまるものか。)



女性が飛び降りた頃、私は新宿にいたが、もし池袋にいたら、私が巻き込まれていたかもしれない。



射殺犯にひとかけらでも良心があるなら自首してもらいたい。飛び降りた女性は統合失調症を患っていたそうだが、自殺を食い止めることができなかったのどうか、検証する必要があろう。また、同病の患者の中には「自分もそうなるんじゃないか」と悩んでしまう人もいるので、周囲の目配りやケアが欠かせない。



2007年11月 9日 (金)

「泣ける映画」考

この頃、「泣ける」と宣伝する映画の何と多いことか。




これには違和感を抱いている人が少なからずいるようだが、私もその一人である。




「お涙頂戴」という単語は決して良い意味では使われない。「この映画は泣ける」と聞く度に、「お涙頂戴」と相通じるものを感じる。客に泣く準備をしてもらわなければ泣いてもらえない程度のレベルの作品ですとでも言いたいのだろうか。




喜劇と同様に、作り手は「このシーンで泣かせてやろう」と計算していると思うが、それを表に出すものではない。「タネも仕掛けもあります」と言って手品を始める馬鹿なマジシャンはいない。




東京で、泣ける泣けると評判の映画を観てきた。上映が終わると周りの客は「泣いた」、「何回泣いた」、「どこで泣いた」とうれしそうにしゃべっていたが、私は泣けなかった。




映画やテレビドラマを観て泣いたことは何度もあるが、「泣ける」と宣伝されているものに限って、私は泣いたことがない。(飾りじゃな~いのよ涙は、はっは~ん。)




私は役者ではないので、泣いてくださいと言われても泣けない。




それとも、客も役者にならないといけないのか?



2007年11月 8日 (木)

100円物語(真相)

旅から無事に帰ることが出来た。私はまた何者かに感謝した。



そして、パソコンの電源を入れ、金銭出納簿のエクセルファイルを開くと、財布からメモを取り出し、旅行中の支出を打ち込んでいった。



ホテルの宿泊料と食事代は前に同じホテルに泊まった時の記録をコピーして貼り付けてやろうと、遡って見ていくと、ホテルでインターネットを利用した旨の記録がある。



そうだ。今回もチェックアウト後にロビーにおいてあるパソコンで、映画館や定食屋などの情報を収集したんだった。10分100円のサービスを利用したのだ。頭の中からすっかり抜け落ちていた。



俺って、ドジ山ドジ夫さんだなあ。



私は思わず、声をあげて笑ってしまった。



かくして、記録と実際の残金がピタリと一致し、一件落着と相成ったのであった。



(完)






(おまけ)

金銭出納簿には忠実に記録することを心がけている。「そんなの当たり前じゃないか」と突っ込まれそうだが、私の場合、その忠実さが少々度を越しているのだ。



例えば、豚肉に衣を付けて揚げたものを飯にのせた丼を「かつ丼」と表記する店があれば「カツ丼」と書いている店もある。味噌味のスープに麺や具を入れた料理については「味噌ラーメン」、「味噌らーめん」、「みそらーめん」、「みそラーメン」などの表記が存在している。たまに「味噌ら~めん」のような、変化球の表記も見られる。



店を出た後、さっき食べた料理は平仮名だったかカタカナだったか分からなくなって、わざわざ引き返し、掲示してあるメニューや、ろう細工のサンプルの前においてあるプレートを確認することがしばしばある。



行き過ぎていると自覚しているが、どうしても止められない。




2007年11月 7日 (水)

100円物語(後編)

店の入口の脇に逆V字形の看板が立っていて、1200円の定食の写真が貼られていた。東京を離れる前にちょっと贅沢をしようと、その定食を注文することにしたというのに、店内の食券の販売機には該当のボタンがない。仕方なく、700円のかつ丼のボタンを押した。




食べながら外をちらっと見た時、私は間違えたのではないかという思いが生じた。




食べ終わり、店を出て確かめてみると、立て看板を出していたのは、やはり隣のビルに入居している店だった。




今月下旬にまた東京に来るので、その時にでも来よう。そう自分に言い聞かせながらバス乗り場へ移動した。




バスはまだ来ていない。この待ち時間を利用して、私はその日の支出を書き出した。そして、算出した残金と、財布の中身を照合してみたところ、持ち金が100円少ない。




さっきの券売機に100円余分に入れてしまったに違いない。それまでの支払いはすべて人が相手だったから、原因はそれ以外に考えられない。




あの券売機には投入金額を表示する画面がなかったから、入れ過ぎに気が付かなかった。




返却レバーを下げれば取り戻せるかもしれないが、1000円ならともかく、客がいる前で店員に「100円を取りに来ました」なんて恥ずかしくて言えない。それ以前に、もう誰かが取っただろう。




中年男が投げ、私の前を横切った100円玉が頭をよぎる。あの男は私が100円を無駄にすることを予知していたのか?いや、そんなことはあるまい。それにしても、何という偶然。100円をめぐる事件が立て続けに起きるとは。




人は何かを失えば、何かを得るという。100円を失った私は、その代償として何を得るのだろう。それとも、もう得たのだろうか。例えば、背中の痛みから解放され、元気に旅を終えられそうなこととか。




前にホテルの飲料自販機コーナーで釣り銭を取り忘れたことに気付き、幸い回収できたという経験をしている。あの日、もう二度とこんなへまはしないと誓ったにもかかわらず、またやってしまった。今度こそ、これで最後にしたい。






と、ここで終わるはずだった100円物語に、意外な結末が待っていた。それは次回「100円物語(真相)」で明らかにする。



2007年11月 6日 (火)

100円物語(前編)

西新宿の道を歩いていると、反対側に立っている中年男が膝下から小さな物体を投げるのが見えた。

それは私の脛の前を左から右に横切ったところで失速して落ちた。

何だろうと目をやると、100円玉だ。

彼が故意に投げたのは分かっている。拾って渡す必要はあるまい。拾おうものなら、ネコババ呼ばわりしてくるかもしれない。私は無視した。

それから遅い夕食をとるため、ある店に入った。

(後編に続く)

確証はないけれど、

昨夜カメラマンが待っていたのは、民主党の幹部であろう。

今まで気にも留めなかったのだが、新聞では「都心のホテル」と書くだけで、ホテルの名前は出さないんだなあ。

まあ、大事なのは話し合いの中身であって、場所じゃない。

2007年11月 5日 (月)

ニュースの現場から

ニュースの現場から
わかりにくくて申し訳ないが、写真中央の人だかりに注目していただきたい。

都内のホテルの前でカメラを構え、誰かを待っている男たち。

一体何事だ?

牛に引かれて

牛に引かれて
善光寺。

右が三門で、左奥が本堂。

強欲で不信心の婆さんが持っていた布を牛が角に引っかけた。
布の片端を必死に掴み、牛に引かれて辿り着いたは善光寺。
以降、婆さんは参詣を重ね、極楽へ行ったそうな。

2007年11月 4日 (日)

紅葉を見に

紅葉を見に
いこうよう。

お粗末さまでした。

2007年11月 3日 (土)

300本目の記事

300本目の記事
記念すべき300本目のネタは、本日の昼食場所です。

料理を撮りたかったのですが、人の目が気になり、また、そもそも店内での携帯電話の使用が禁じられていたため、断念しました。

2007年11月 2日 (金)

突飛な発想

自民・公明と民主の大連立を福田首相が企てた。いや、言いだしっぺは小沢代表だと大騒ぎ。



Oh!クレイジー!!



それとも、衆参がねじれているくらいが互いにチェックがかかってちょうどいいと思う私のほうがクレイジーなのだろうか。



日頃の行いが良いわけでもないのに

背中の痛みがだいぶ軽くなった。前に整形外科医に教えていただいた体操を宿泊先でも続ければ、何とか乗り切れそうだ。



整形外科医と、私を助けてくれた何者かに感謝。



雨の予報が気がかりだが、初めて行く場所もあるので、楽しみだ。



では、荷造りの続きにかかるとするか。



2007年11月 1日 (木)

何でこんな時に

実家で貰った米や菓子を詰めて重くなったバッグを持って電車に乗り込んだ。



目的の駅に着いて、立ち上がり、バッグを持ち上げた瞬間、背中に痛みが走った。



一昨年と同じ箇所だ。また、骨盤がずれたのか?



よりによって、旅に出る2日前に。



何度も体操をし、痛みをゼロにしてくれとは言わない、せめて旅に支障のない程度に軽くしてくれと祈っている。



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