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2007年9月

2007年9月30日 (日)

夜が来て、謎は解けた。

電話の相手の正体をつかんだ。



ちょうど電話機の側にいた時にテープ音が聞こえてきたので、受話器を取り上げた。



NTTの関連会社から、光ファイバーのサービスを開始したので、切り替えませんか?という営業の電話だった。



現状よりもトータルで安くなるのは魅力的だが、宅内工事に入ってもらえないほど散らかっているし、ADSLで特に不自由は無いので、断った。怪しげな業者とは違い、穏やかな口調で引き下がってくれた。



その後、念のため実家に連絡したところ、母は「電話していない」と言った。



こうして、一件落着。



用があるなら言ってくれ。

私は電話を常に留守録状態にしている。何年も前のことだが、無言電話が何度か続いたり、短時間の外出中に電話をかけてきた人から「どこに行ってたの?」と言われたりしたためだ。また、周辺の家との距離が近いので、迷惑防止のため、呼出音をオフにしている。



そんなわけで、私はメッセージをくれる相手の声を聞いてから受話器を取る。



昨日から数回にわたり電話がかかってくる。留守番電話のテープ音が流れると無言で電話を切ってしまうから、何者か分からない。



親かもしれないと思うが、今実家には親戚が来ている。退職後、なるべく親戚と接触しないようにしており、こっちからは電話をかけたくない。



まあ、親であろうとなかろうと、メッセージを入れないのは、急ぎの話でも大事な話でもないだろうから、あまり気にしないようにしているが、用があるなら何か言ってもらいたい。



2007年9月29日 (土)

娯楽(バラエティ)

東京事変がアルバム「娯楽」を発表した。




このアルバムには椎名林檎が作曲した曲は入っていない(作詞はしている)。ソロ名義時代を含め、これは初の試みである。




他のメンバーが作った曲で固めたというのに、まるで違和感がない。バンドとしてがっちりまとまっていることを裏付ける1枚となった。




かつて「いまひとつ、ピンとこない」と書いた「OSCA」も改めて聴くと、なかなか面白いと感じる。




しかし、どちらかというと、浮雲よりも、伊澤一葉が書いたメロディーのほうが好きだ。浮雲作品はとにかくクール。伊澤作品には優しさがある。



2007年9月28日 (金)

まあ、おめでたい。

井ノ原快彦と瀬戸朝香の結婚。破局報道があったので、てっきり別れたものと思っていたが、継続又は復縁していたんだな。その辺の経緯は、29日以降のニュースに出るだろう。



画面越しに見る限り、瀬戸は気が強そうな感じがして、ほんわかした雰囲気の井ノ原と合うのか心配だが、古い付き合いのようだし、当人同士が決断したのだから、きっと大丈夫なのだろう。



結婚しなければ幸せになれないことはないが、苦労人で、ちゃらちゃらしたところがない井ノ原には好感を持っていたので、この結婚は私もちょっとうれしい。



おめでとうございます。




【29日朝追記】
よりを戻していたのは知らなかった。当時の芸能ニュースを見落としていたようだ。

平原綾香(9月23日)

大阪で開かれた「平原綾香 Dream Night ~平原さんちのコンサート~」を聴いた。



父親(平原まこと:サックス奏者)、姉(aika:歌手、サックス奏者)との共演で、知人らが客席にいたこともあり、いつもよりリラックスしているように見えた。



今回こそは彼女のサックス演奏をたっぷり聴けるものと期待していたのだが、最初と最後の2曲のみ。それでも、満足度の高い公演だった。



中でも、カバー曲の印象が強く残る。曲名を伏せたまま演奏が始まったが、頭の1小節で「えっ!お嬢のあれを演るのか」と胸が躍った。



美空ひばりの「リンゴ追分」である。定評のある低音で「リンゴの花びらが・・・」と丁寧に歌い出したところから素晴らしく、晴れ渡った津軽の景色が眼前に広がるようであった。オリジナルが哀愁に満ちているのに対し、平原版は“爽やかさ”が際立っていた。



2007年9月27日 (木)

腰が引けているぞ!!

この事件のことを思う度に、頭に血が上る。時津風部屋の力士が死亡した事件である。



ビール瓶や金属バットで殴り、火のついたタバコを肌に押し付ける。亡くなると、遺族に遺体を見せまいと「火葬にして返す」などと言う。はっきり言って、こんなことをする奴らは、鬼畜だ。



暴行のきっかけは何だったのだろう。仮に、亡くなった少年に原因があったとしても、例えば態度が悪かったとか、稽古に不熱心だったとしても、破門して実家に帰せばよかっただけの話である。



朝青龍問題の解決を高砂親方に丸投げした相撲協会は、今回も処分は捜査状況を見てから決めると言い、腰が引けている。入門の対象となる若者の相撲離れが進み、今回の事件でそれが加速するかもしれない局面にあって、他人事(ひとごと)みたいな態度をとっている。時津風親方から事情聴取して、速やかに処分したらいいじゃないか。冤罪の可能性がどこにある?



私は相撲ファンではないので、相撲が廃れたところでかまやしないが、当事者はもっと危機感を持って対処したほうがいいと思う。



2007年9月26日 (水)

「蛇にピアス」映画化

原作を読んだ時、映像化は難しいだろうと思っていた「蛇にピアス」が映画になると報じられた。蜷川幸雄がメガホンを取るというので、今から期待している。



一方で、オタク少年を魅力的に表現できる俳優さえ見つかれば、相当面白い映画になるはずの「蹴りたい背中」(蛇にピアスと同時に芥川賞を受賞した作品。著者は綿矢りさ)が映像化されないのは、どういうことだ?



福田内閣発足

安倍首相が誕生した時、もうあの人にチャンスは巡ってこないだろうと私は思ったのだが、それが1年後に巡ってこようとは。



混乱を避けるために殆どの閣僚を留任させたのは正しい選択だと思う半面、首から下は前と同じで、顔だけ変わったものだから、良いんだか悪いんだか、いまいちよく分からないことになってしまった。



国会が動き出したら見えてくるのかな。



「ネットカフェ難民」の続き

東京都がネットカフェなどで寝泊りしている人に対し、就労支援や低家賃住宅のあっせんを行うという。



なるほど。低家賃住宅だったら、都が家賃を補助する必要はないかもしれない。しかし、問題は収入だ。多くの人は既に働いているので、より安定した、高賃金の仕事に転職させる作戦だと思うが、結局はどう考えても受け入れる企業次第だ。



2007年9月25日 (火)

HERO

賛否両論ある映画版「HERO」だが、どちらの意見にも頷けるところがある。では可もなく不可もなくだったのかというと、そうでもないから、こうして書いている。(映画は5点満点で4点以上のものを紹介するのが、私の基本方針である。)



久利生検事が扱う傷害致死事件の被告人が、東京地検特捜部が追う政治家の収賄事件に関連していることが明らかになった途端、マスコミが騒ぎ出し、世間の注目を集めるが、久利生は自分が担当しているのは傷害致死事件だと言い切り、雨宮事務官も「政治家を逮捕するために裁判をやっているのではない」と久利生に従い、彼を支える。新聞ではわずか数行しか書かれなかった事実を、被害者の恋人の無念の思いをかみしめるように久利生が法廷で述べるシーンは、この映画の最大の見所である。どこかのブログによると、ここで泣いた人が結構いるようだ。私は泣きはしなかったが、ぐっとくるものがあった。



ラストシーンについて、「試写会では悲鳴が上がった。でも内容は秘密。」とフジテレビがさんざん煽っていたが、私が予想した2つのパターンの1つだった。このラストはやり過ぎだと思う。



2007年9月24日 (月)

ネットカフェ難民

ネットカフェに興味があり、一度入ろうとしたら、入口に会員でなければ利用できない旨の貼り紙があって、断念した。どこもそうなんだろうか?




ネットカフェで寝泊りする人々をテレビ局が「ネットカフェ難民」と名付けたことに、業界団体が反発している。イメージダウンし、女性客が遠のいたとのことだが、確かに「ネットカフェ難民」と聞くと、疲れきった顔をした人々が夜のネットカフェに押し寄せる光景が想像され、行きたくないとか、そういう人に優先的に使ってもらおうと思ってしまうかもしれない。




しかし、難民という言葉を言い換えたところで、問題は解決しない。「当店での寝泊りお断り」と厳しくチェックしていけば、難民はいなくなるだろうが、これも店が危機を脱するだけである。




その日暮らし生活が気に入っている人は別として、アパートやマンションを借りたくても借りられず、ネットカフェで眠らざるを得ない人々への支援が必要だ。




支援策としてまず思いつくのは、住宅費(敷金・礼金・家賃)の貸付や補助だが、長期的に行っていけるものではなく、かといって、最長何年と区切っても、その間に支援が要らないだけの収入レベルに達しなければ、その場しのぎに終わってしまう。




最も有効な支援策は、企業が賃金を上げ、正社員枠を拡大することである。そのために政治家や役人ができるのは、企業が利益を1円でも多く労働者に還元できるような施策(最低賃金の引き上げ、税制面でのバックアップ等)を講じることくらいだろう。とにかく、企業(経済界)が一番必死になってくれなければならない。




「親は家を持っているだろうから、親と暮らせばいい。簡単な話だ」と考える人もいるだろう。私も初めはそう思ったが、これも短期的・中期的な策で、親が援助できなくなり、逆に親を援助しなければならない段階で、必要な収入がなければ、新しい問題が起きてしまう。



「麒麟です。」の続きです。

某社のビールが嫌いだと書きましたが、同社の他のビールは悪くなかったことを思い出しました。



某社といっても、普通に考えれば2つに1つ。どちらのことかは、ご想像にお任せします。


2007年9月23日 (日)

秋はいつ来る?

彼岸を過ぎたら涼しくなるという話だったのに、そうでもないようだ。




最高気温が30度くらいの日が続くらしい。もう10月が近いのに。




今日は出かけるので、墓参りは昨日のうちに済ませた。では、ぼちぼち支度するか。



2007年9月22日 (土)

麒麟です。

何も人気芸人の真似をしようというのではない。ビールの話である。




以前に書いたとおり、私はアサヒのプライムタイムがKing Of Beerだと思っているが、メーカー別で総合的に評価すると、キリンが1位、アサヒが2位である。先日、父が「キリンが一番だ」と話していた。思い起こせば、家にあった瓶ビールはずっとキリンだった。親子だなあ。(幼少の頃からキリンのビールを嗜んできたから馴染んだわけではないので、念のため。)




どこのご家庭でも同じだと思うが、いつからか瓶ではなく缶入りのビールが主流となり、中元や歳暮などでビールを頂くことが多くなった。その流れで、某社のビールを飲んだ父が「これは不味い」と、一口でやめてしまった。その後、そのビールは専ら私が飲んでいる。私もあまり好きではないが、父ほど嫌いではないので、私が飲んでいる。




今夜も暑い。今からその某社のビールを開けるとするか。



2007年9月21日 (金)

それとも私が古いのか?

飲酒運転厳罰化のきっかけとなった福岡の3児死亡事故の遺族(亡くなった子の両親)に女児が誕生した。退院にあたり、記者会見が開かれたのだが、母親が子供の名前に「くん」、「ちゃん」を付けて話しているのが、非常に気になった。気持ちは解らないでもないが、やっぱりみっともないと思う。




トーク番組で家族の話をする芸能人の中にも、「お父さん」、「お母さん」と平気で口にする人が多く、違和感がある。




私は中学校で先生に「君たちはもう中学生なんだから、外で(自分の)ご両親の話をする時は、父、母と言いなさい」と教わった。




今はもう、誰もそういうことをきちんと教えないのか?




前にもこんなことを書いたような気がするが、大切なことだと思っているので、またいつか書くだろう。



2007年9月20日 (木)

私たちの幸せな時間

韓国映画「私たちの幸せな時間」は本国では300万人を動員したという。




今回はネタばらしをいつもより多く書くので、知りたくない人は読まないでね。



















簡単に言ってしまうと「死刑囚の男と自殺願望の女が刑務所で面会を重ねるうちに愛が芽生えたが、最後には男の刑が執行される話」である。




前に私は死刑制度存続を支持する意見を書いたが、改めて考える機会となった。




日本でも死刑執行装置の作動ボタンはフェイクも用意されていて、複数人が同時に押す仕組みになっている。心理的負担を軽減するためだが、それでも「自分がボタンを押したから、あの囚人は死んだ」と苦悩する刑務官の姿が描かれている。




また、この作品では“赦す”ことも大きなテーマとなっている。一つは、男に殺された家政婦の母親が男を赦す場面。もう一つは、女が昔、従兄に強姦された直後、母に泣いて訴えたところ、「お前がだらしなかったのだ」とはねつけた母を赦す場面。




前者の赦しは、私が同じ状況に直面したとき、でき得るかと考えてみたが、その自信はない。後者の赦しは、刑務官(この刑務官を演じた役者がいい味を出している。)に男への死刑執行日が決まったことを知らされた女が、母を赦せば奇跡が起きて執行を止められるかもしれないという一縷の望みからの行為である。愛の力とは、かくも強いものなのかと感心させられた。




と、この文章を書きながら、現在やり直しの裁判が行われている山口県光市の母子殺害事件を重ね合わせてしまう。償いとは。赦しとは・・・・・。嘆息を禁じ得ない。



2007年9月19日 (水)

素敵な外国人

外に出たら、とても9月19日の日射しとは思えない。いや、「暑さ寒さも彼岸まで」というくらいだから、全然おかしくないのかもしれない。実際、彼岸を過ぎると気温が下がると気象台がコメントしている。是非そうなってほしい。






では、今日の本題へ。




母の腕時計を買いに行った、秋葉原のとある店でのこと。エレベーターで、中年男性2人と乗り合わせた。日本人と外国人。




日本人のおっさんが先に降り、続いて私も降りたのだが、その際、ひとり残って上の階へ行く外国人のために、閉ボタンを押した。そして、1~2歩進んだ時、背後から“Thank You”の声を聞いた。




こういうケースにおいて、礼を言う人なんて、日本人でもそうはいない。私も言ったことが無い。すっかり感激し、気分は上々。




しかし、店を出て、山手線に乗ってから、私は猛省することとなる。




“Thank You”の言葉に反応を示さなかった。予期せぬことで対応できなかったというのもあるが、悪いことをした。振り向いて、「ユー・アー・ウェルカム」と言うか、せめて背を向けたままでも、片手を上げて答えるべきだった。今後こんな場面に遭遇するかはわからないが、気を付けよう。




その山手線車内は混雑していた。吊り革を掴んだ私の正面に座っているのは、40歳くらいの男性と、30代半ばとおぼしき女性のカップル。話しているのは日本語ではない。2人は韓国人だった。




ある駅で、高齢の女性(以下、お婆さん)が乗車してきた。棒につかまったものの、車両が揺れると少しふらついた。それを見た韓国人男性がすっと立ち上がり、手振りでお婆さんに席を勧めた。彼が外国人と知らぬお婆さんは「次(の駅)で降りますから」と断ったが、引かない彼に負けて、座った。お婆さんは次の駅ではなく、数駅先で、席を譲った男性に「ありがとうございました」と頭を下げ、下車していった。




しかし、この男性、残念ながらイケてないところがあった。電車内での携帯電話の通話はいただけない。どうしても必要がある時は、手短に済ませるべきである。韓国では許されているのか知らないが、また、日本人でももっとひどい輩もいるが、マナーを守っていただきたいものである。



2007年9月18日 (火)

夕凪の街 桜の国

某映画サイトで評価の高い「夕凪の街 桜の国」。



一発の原子爆弾に人生の軌道まで破壊され、踏みにじられても、愛を育んでいく人間の逞しさが描かれている。



そして、見落としがちなことに気付かせてくれ、知らなかったことを教えてくれる映画でもある。前者は銭湯でのシーンである。元気そうに見えても、裸になれば背中の大きなケロイドの跡が露わになる。原爆の被害というと、死者や建物に目が行きがちだが、生き延びた人も皆、何らかの深い傷を負っているのだ。後者は被爆2世、3世に対する差別である。被爆者が差別や偏見に苦しんできたのは知っていたが、それが子や孫の代まで続いているとは、思いも寄らなかった。



被爆から13年経って原爆症を発症した皆実(麻生久美子)が息を引き取る前に遺した言葉は強烈だ。今村昌平監督の「黒い雨」にも、黒木和雄監督の「父と暮せば」にも、これほどに激しく、怒りに満ちた台詞は無い。



日本人が必ず観るべき映画が、また一つ増えた。



2007年9月17日 (月)

ひまわり

TBSのドラマ特別企画「ひまわり」を観た。




代表作の有名なシーン、結婚直後の路上での囲み会見などが忠実に再現され、懐かしかった。「西遊記」の三蔵法師を見て、その落ち着きぶりに30歳を過ぎていると思い込んでいた私は、結婚報道でまだ20代だと知って驚いたことを思い出した。




ミスキャストじゃないかと懸念していた仲間由紀恵が意外にはまっていた。また、ドキュメンタリーとドラマがちょうどいいバランスで組み立てられたのは、母親役の三田佳子のナレーションが大きかったと思う。




夏目雅子が生きていれば、今は49歳ということになる。おそらく、彼女が出演する舞台を何度か観ることになっただろう。



2007年9月16日 (日)

プレゼント

先日、また一つ歳を取った。



貰ったものは、スーパーのデザートコーナーのチーズケーキと、ニフティ及び会員登録されている旅館からのメール。



そして、私は私自身を祝おうと、上京し、芝居を2本観た。その前に、久々に秋葉原へ行ったのだが、電気街口改札を出た瞬間、戸惑い、しばし動けなかった。



雑然としていた駅前は、広々とした、おしゃれな空間に変貌していた。



秋葉原では腕時計を買った。この前、母が腕時計が止まってしまったと話した時から、買ってやるかやるまいか、考えていたのだった。予算を少しオーバーしたが、納得のいく買い物ができた。



来年は39か。どんな誕生日になるのだろう。



2007年9月15日 (土)

実録・山おんなとの遭遇

あれは七月の終わりのこと、都内某所で文庫本を読んでいる私の前を右から左へ横切る人影があり、ふと目を上げて驚いた。




腫れているんじゃないかと言いたくなるほど、胸部の膨らみが大きかったのである。




あっ、胸部だけでなく、きっと全体的にサイズが大きいんだろうと彼女に視線を戻すと、そうでないことは後ろ姿でも確認できた。




彼女はその肉体を武器にした仕事に就いているのではないか。私はそう推測した。別にどこかの小さな企業でデスクワークをしていたって何の問題も不思議もないけれど、ぴんと背筋を伸ばし、派手目の服に身を包んで歩くのを見ていると、どうしてもそう思えてくるのである。




ニフティの芸能ニュースにはグラビアアイドルやレースクイーンなどの写真付き紹介記事が掲載される。バストサイズが特に大きい人の記事を見る度に「もしかしてこの人だったのだろうか?」と、あの日の記憶と重ね合わせようとするのだが、あまりの衝撃に顔を見ることを忘れたため、その作業はいつも無意味に終わってしまう。




世の中には、本当にああいう人がいるんだなあ。雑誌でもテレビでもなく、直にビックリ人間を見たような気分だ。





※お馬鹿なネタだから書かないほうがいいかと思ったが、彼女が馬鹿かといえばそうではないだろうし、彼女に迷惑がかかることもないだろうから、結局勢いで書いてみた。そうです。私が馬鹿なんです。

2007年9月14日 (金)

それならそうとはっきり言えばいいのに。

安倍首相は入院した。体調が悪かったのなら、官房長官に言わせず、自分ではっきり言えばよかったのだ。そうすれば、その時点で納得する人は多かったはずだ。



しかし、去った人(正式にはまだ首相である)をいつまでも構っているわけにもいかず、後任選びの話でかまびすしい。



小泉前首相を担ぎ出そうとしたチルドレンの皆さんはちょっと、いや、かなり痛い。前首相も体調は厳しかったらしいし、格差社会の元凶は小泉改革だという指摘もあるのに、「夢よもう一度」で再び存在感を示したいのは解らなくもないが、あまりに稚拙な発想である。



次の政権が場つなぎの「選挙管理内閣」となるか、支持率を上げて衆院解散を回避し、ねじれ状態が続くのか。私は、ひょっとしたら、この衆参ねじれ状態のほうがバランスを保つことができていいんじゃないかと思えてくるのだが、もうちょっと考えてみよう。



2007年9月13日 (木)

洒落た演出

昨夜のTBS系の阿久悠追悼番組は、思ったよりも良かった。



曲数を1つでも多くするか、曲数を減らしてでも全曲(曲の最後まで)聴いてもらうか、スタッフが悩んだかどうかは知らないが、レコード大賞受賞曲など一部を除き、前者のスタイルが採られた。



選曲は、限られた時間の中で、割と幅広く拾ってきたのではなかろうか。山本リンダの「じんじんさせて」や、桜田淳子の「十七の夏」など、ヒットしたものの代表曲の中では中心的位置から少し外れた曲を持ってきたのは面白かった。ただ、西城秀樹は「炎」を聴いてみたかった。



司会者の人選も悪くなかったし、インタビューの分量も程よい長さだったが、特筆すべきは都倉俊一による「ジョニーへの伝言」のピアノ独奏だった。笑顔の遺影の下で、亡き盟友に捧げる演奏は洒落ていて、余韻の残る素晴らしいエンディングだった。



2007年9月12日 (水)

「激」の日

食事会の件で、来ないと決めつけていたメールが届いた。



拒否ではなかったが、しかし、あまり歓迎されていないように感じた。



私なんかと会ったところで、楽しくないことは私自身が一番良く分かっている。それなのに、暴走し、計画してしまった。



手を引こう。そう言い聞かせている。







罰が当たったのか、10時過ぎに風呂掃除をしていたら、背中と臀部の境目一帯が突然ビリビリとしびれ、かーっと熱くなった。



腰の爆弾に火が付いた。



週末の旅に備え、今日実家を立つつもりだったが、急遽明日に延ばし、身体を横たえ、時々整形外科医直伝の体操をし、むるめの湯で筋肉をほぐした。



夜になり、だいぶ楽になった。何とか旅に出られそうだ。







私が激痛に襲われた日、政界では安倍首相の辞意表明に激震が走った。



辞任を無責任だと言った野党の政治家がいたが、このまま居座ってほしかったのだろうか?



参院選直後に退陣すべきだった、遅きに失したという意見は同感だ。



拉致問題への毅然とした対応が人気を集め、高支持率で首相の座を射止めたものの、国民の声に耳を傾けず、自分の悲願達成に執心したのが間違いだった。


2007年9月11日 (火)

9月11日の考えごと「覚悟」

食事会を計画し、メールを送ったが、5日経っても返事がない。




これはもう、「拒否」の回答と見なすしかない。




昨夜、計画撤回のメールを送った。




今後、こんな企画をしてはいけない。覚悟を決めよう。




少しずつではあるが、自分の中でボルテージが上がってきているのを感じる。




沸点に達した時、物語のプロットが劇的に動き出すような気がしている。







何のことやら分からないですよね。それでいいんです。究極の独り言ですから。

2007年9月10日 (月)

タンボデブートキャンプ

今日もまた稲刈りなのだ。




私が幼かった頃は4箇所で稲作をしていたが、減反等で今や1箇所となった。そこは段々畑のような階段状の田圃である。




刈り取った稲の束を通常は運搬車で運ぶのだが、今日は他の荷を積んでいたため、一時的ではあるが、人力で運ばねばならなかった。それも、一番下の段から。




運搬車が空くのを待つ手もあるが、少しでも早く終えてしまいたかったので、私は駆け下りた。そして、10束ほど胸に抱えて坂を上った。距離はそれほどでもないが、傾斜がややきついため、普段ウォーキング程度の運動しかしていない私にとってはハードであった。




他にも、説明は省くが筋肉が痛むような作業をこなしたところで、正午を迎えた。




生育が遅い稲の刈り取りとそれに伴う作業は、後日両親が行うということで、私はここでお役御免となった。




夕方、体脂肪率を測ってみると、19%を割った。今日の運動が効いたようだ。といっても、18.9なので、すぐ19%台に戻るんだろうなあ。




稲刈りネタは今日まで。さて、明日は何を書こう。



2007年9月 9日 (日)

草臥れた。

今日も稲刈り。




母の忠告を聞き入れず、麦わら帽子をかぶらずに作業していたら、昨日よりも強い日射しに頭が痛くなってきた。




これが熱中症というやつか?




日陰を求めて歩いていると、母は事態を察したらしく、「帽子は運搬車にある」と言った。




それから、幸いなことに微かではあるが風が吹いてきて、作業を続けることができた。




昼に一旦家に帰り、ぬるいシャワーを浴びると、冷蔵庫のミネラルウォーターを呷り、塩を舐めた。




午後は黒みを帯びた雲が空を埋め尽くした。涼しいのはいいけれど、雨に降られたら作業を中止せざるを得ず、今後のスケジュールが狂ってしまう。




父と「これは降りそうだ」と言い合っていた。そのうち、帽子の上でぽつぽつと音がしたものの、手足が濡れるほどの雨にはならず、6時前まで働いた。




500mlのビールを飲み干し、夕食をとると、程なく眠気が襲ってきた。しかし、テレ朝のドラマを観たい私は水を飲み、文章を作って、束の間眠気を覚ましている。




稲刈りは明日で終わらせたい。



2007年9月 8日 (土)

僕の声

今日は稲刈り。




田圃で遠くにいる父に向かって大声を出したら、声が裏返ってしまった。やはり声帯の力が落ちているようだ。




やはり、と書いたのは、心当たりがあるからである。




食事をしに入った店で注文を聞き取ってもらえず、言い直したことがあった。さらに別の日に、別の店で、同じことが起こり、あまり喋らない日が長く続くと、声帯が退化してしまうのかもしれないと思ったのだった。




実家にいる時を除き、発する言葉といえば、
「あちい(暑い)」、
テレビやネットでニュースを見た時の「うわっ」、「えーっ」、「なにぃ?」、
過去の怒られたことや失敗を突然思い出した時の「畜生(これは自分に対する言葉である)」、「どうせ私は馬鹿ですよ」、
スーパーやコンビニに行った時の「(ポイントカードは)無いです」、「袋は要りません」、
「(レシートを)ください」、
その他映画館や劇場などでの係員との購入に必要なやり取り。
だいたいこんなものである。




今回は締めの言葉を思いつかないが、たまにはこういうのもいいだろう。



2007年9月 7日 (金)

「オーラの泉」に思うこと

テレビ朝日系で放送されている「オーラの泉」。



ゲストに対する「今日○○さんがここに来られたのは意味があるんです」といった類の江原啓之の発言を聞く度に、私は「いや、番(組)宣(伝)のために来たんでしょ」とつっこみたくなる。



それはさておき、この番組は前世、守護霊など、科学的に存在を証明できないものを取り上げ、また、霊感商法などに悪用されていることから、批判の声があがり、抗議が寄せられている。



私は前世や守護霊はありそうな気がするが、かといって確信しようとも思わない。なぜならそれは表層の、言ってみればどうでもいい二の次、三の次の話であって、この番組の核は人とのつきあい方や、ピンチの切り抜け方など、良く生きるためのアドバイスである。それをちゃんと認識できていれば、悪徳商法に騙されることもあるまい。



私は江原ファンである。彼は、人を不安に陥れ、私の言うとおりにすれば救われる(さもなければ、・・・)というような誰かさんみたいな傲慢極まりない言動をしないからである。



しかし、彼には間違っても会いたくないものである。散らかった部屋を本当に見られてしまったら、恥ずかしいことこの上ない。



2007年9月 6日 (木)

自然には勝てない。

台風9号は衰えていないですね。関東を中心に公共交通機関が運休やら遅延やらで混乱しています。



そんな中、ホテルは喜んでいるかもしれません。帰れなくなった人たちがやむなく宿泊するから。




昔、上京する途中、豪雨に見舞われ、夜行バスに到着予定日の夕方まで乗ったことを思い出しました。予定が大幅に狂って、大変だったなあ。



台風9号、北へ。

当地は台風9号の予想進路から完全に外れているので、自身の心配は無いが、知人がいるので気になっている。昨日、用心してくださいとメールを送った。返事は無いが、たぶん用心しているだろう。

2007年9月 5日 (水)

障害者(児)に関するニュースに思う

脳に障害のある生後3ヶ月の男児が、将来を悲観した祖母に絞殺されるという事件が起きた。この手の事件は毎年どこかで発生している。




「可哀想に」、「どうして希望を捨てた」と加害者(と言っても、被害者の家族であるわけだが)を責めることはたやすい。しかし、根本的な問題は、加害者の弱さではなく、将来を悲観させてしまう社会にある。




公共施設などのバリアフリーは進んでいるが、いわゆる“心のバリアフリー”はまだまだである。また、昔、精神・知的障害者が主として働く作業所の実状を垣間見たが、工場の下請けの小さな部品の組み立てなどに真面目に取り組む彼らに支払われる賃金は雀の涙程度だった。最近は結構収益を上げているところもあるようだが、経済的自立にはほど遠いのが大多数だろう。




そして、重度障害者には家族や施設による手厚い介護が必要となるのだが、香川県内の施設の入所者が吐血し、手術をしていると胃の中から介助用手袋が出てきたという。事件か事故かは今後の調べを待たねばはっきりしないが、最後の拠りどころの施設がこれでは非常に心もとない。




障害のある子が生まれてきても、親たちが前向きに受け止められるよう、社会はもっと変わっていかなければならない。




じゃあ、あんたは障害のある人たちのために何をしているかと問われると、大層なことはしていないと答えるしかないのだが、彼らが作った物をたまに購入している。例えば、「口と足で描く芸術家協会」は障害者がデザインしたグッズなどを販売しているが、品質がなかなか良い。送料がかかる場合があるが、興味のある方はネットショップを覗いていただきたい。



2007年9月 4日 (火)

中学1~2年生の武道必修化

中教審が中学1~2年生を対象に柔道、剣道などの武道を必修(現在は選択必修)とすることを了承したそうだ。伝統と文化を尊重する態度を養わせるためらしいが、あまり意味が無いと思う。武道を通じて日本の心を学ばせるには、それだけの力量を持った指導者が必要だが、そういう指導者はそんなにはいないだろうから、ルールを教えてちょっと試合させるのが精一杯だろう。




しかし、投げられたり叩かれたりする痛みをより多くの生徒が知る機会になるから、暴力事件の抑止効果は期待できるかもしれない。




ところで、このニュースが出るまで、中学の体育が選択制になっていたなんて、知らなかった。しかも、選択科目にダンスが入っている。時代は変わったなあ。



2007年9月 3日 (月)

若者たち

天気は悪かったが、久々のウォーキング。




その途中、川の護岸堤に高校生の男女が座っているのを見た。後ろ姿で表情を窺うことはできなかったが、始業式を終えた足でそこに来て、話し込んでいるようだった。1メートル近く離れているのは、恋人同士ではないということか。




それから南へ進み、これ以上行ったら疲れると思った地点で折り返し、戻ってくると、小一時間経っても2人はいた。少女は少し背を丸めてじっと座っている。その右で少年は立ったり座ったりしながら、少女に顔を向けている。彼女の相談に乗っているのか、彼女を慰めているのか、それとも誘っているのか。




今の高校生が背負わされているものは、私たちの時よりも重くなっているような気がする。物や情報が氾濫し、ストレスは増大し、些細なことで怒ったり、塞ぎ込んだりする。私たちも些細なことに振り回されたけど、彼らほどではなかった。




パソコンや携帯電話が普及していなかったら、もっとゆったりとした心持ちでいられるかもしれない。



2007年9月 2日 (日)

ハイアンドロー

昨日は遠出して、前の記事への反響を期待しながら帰ってきたのに、アクセスはさっぱりで落胆してしまった。



これからの人生をブログに賭けようというわけでもないのに。



今日は夕方に訪問者があった。パジャマ姿で出るわけにいかず、ちょっと待ってくださいと言いながら着替えて玄関を開けたら、姿が無かった。若い男の声だったが、聞き覚えの無い声だった。セールスか何かだったんだろう。



明日、天気が良かったら、久々にウォーキングをしよう。



2007年9月 1日 (土)

特別企画「タモリに挑戦!!」

今月は私の誕生月である。そこで、今日は特別企画をお送りしよう。



いつだったか、タモリがテレビで柳原可奈子のショップ店員ネタを真似た時、柳原は「芸能人の男性で一番上手い」と褒めていた。



実は、私も同じ物真似ができる。密かに練習を積んでいたのだ。



私は芸能人ではないけれども、「ショップ店員を真似る柳原可奈子の物真似王座決定戦」に参戦する。



さあ、君もダウンロードして聞いてみてくれ給え。私の渾身の芸を!!



「monomane1.wav」をダウンロード



上手いと思ったら、トラックバックで激賞しておくれ。

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