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2007年6月

2007年6月30日 (土)

NHKスペシャル 30代の“うつ”

30代のうつ病患者が増えているという。

NHKが患者や企業を追跡取材した番組を、同じ30代として興味深く見た。

患者数が増える原因はいろいろあると思うが、働き方の変化が大きく影響していることは断言できよう。

昔は皆で助け合って仕事を進める気風があったが、今は効率化の名の下に業務が細分化され、自分に割り振られたことだけをこなすという個人主義が主流となっている。

例えば、同僚が休んだ日に「あの件はどうなっているのか?」と尋ねられ、「それは(休んだ)○○さんじゃないと分からない」と戸惑った経験のある人は少なくないのではないか。

「言われたことだけやっていればいいんだから楽じゃないか」と歓迎する人もいるかもしれないが、それは仕事を全て片付けられる場合であって、期限内に片付けられなければ、その人ひとりが責められることとなる。

ちゃらんぽらんな人ならば責められたところでそんなに落ち込まないだろうが、真面目な人は量的・質的に厳しい仕事であっても「自分の能力が低いからこうなったのだ」と悩む。

番組では、再就職がかかった面接でうつ病の治療中であると打ち明けたために不採用になった事例が紹介された。

もし私が人事担当者だったら、会社に相当の体力(余裕)が無い限り、いつ休職するかもしれない人を採用することを躊躇してしまうだろう。

再就職が難しい以上、現在在職している人をうつ病にさせない、うつ病になった人がいれば早期に気兼ねなく治療させ、パート勤務などでもいいから復帰させる態勢を整える一層の努力(組織や業務の見直しも当然に含まれる)がそれぞれの職場に求められる。

私は仕事ができなかったが、にもかかわらず、辞めなければうつ病になっていたかもしれないと思うことがある。この問題にはこれからも注目していきたい。

俳優デビューはたぶん幻

金は無いけど、時間はある私。

6月26日に国立競技場で行われた「相棒 -劇場版-」の撮影にエキストラとして参加した。

全国から集まった相棒ファンとエキストラ会社に籍をおく方々が、事件の舞台となるマラソン大会のランナー、観客、運営スタッフに扮した。

私は観客役。

時折小雨の降る中、何度も拍手をし、声援を送った。皆が疲れてきてボルテージが下がりかかった頃に、その都度絶妙のタイミングでメインキャストの俳優が現れ、ボルテージが再上昇した。

写真は昼休憩後に行われた挨拶&フォトセッションの直前に撮ったものである。トラック上の群れは報道陣。そこから左回りに4分の1周進んだところにあるゲートがスタート地点。
この後、白いお立ち台に杉下右京、亀山薫、亀山美和子、宮部たまき(念のため注:全て役名)が上がったのだが、俳優を撮ることは禁じられていたので(それでも撮る者がいたが)、その場面の写真は無い。興味のある方は、テレビ朝日の公式サイト、27日のスポーツ新聞等をご覧あれ。

テスト

撮影終了後には抽選会が行われた。テレビ版相棒のDVDも映画のエンドロールに名前が出る権利も獲得できなかったが、相棒名物「薫と伊丹刑事の応酬」や、伊丹が右京を「警部殿」と呼ぶのを生で見聞きできただけでも十分だ。

さて、自分の演技を振り返ると、マラソン大会の観客というよりは、わずかな額の全財産で馬券を買い、叶いそうもない一発逆転を夢見る競馬場の客のようになってしまった。十数台のカメラで観客席を撮っていて、アシスタントプロデューサーが「誰かの顔がアップで出るかもしれない」と話していたが、人相が悪い上に、芝居の下手な私が選ばれることは無かろう。

そんなわけで、私の“幻の”俳優デビュー作に決まった「相棒 -劇場版-」は、来春公開。お楽しみに。

2007年6月29日 (金)

体調を崩されたのかと心配していたが、

まさかこの世を去られるとは思わなかった。



前回の「トリビアの泉」特番のナレーターがいつもの中江真司さんではなかったので、ご病気だろうかと案じていたが、まさか癌だったとは。



また、72歳というのも意外だった。声が衰えないように日々ケアされていたのだろう。



「トリビアの泉」のゲストの出演番組を紹介するナレーションの最後に付け加えられていた「私も見ます」の一言。台本に書かれていることをそのまま読んでいらっしゃったのだろうが、中江さんは本当にご覧になるのではないかと思えるほど、声に真実味があった。



「仮面ライダー」のナレーションでも知られているが、そのパロディの「仮面ノリダー」のナレーションまで引き受けてしまう柔軟なところも好きだった。



あの声をもう聴けないのは、寂しい。

2007年6月28日 (木)

本日のヘビーローテーション

そのメロディをいまだに忘れられない私はCDを買った。



TBS系ドラマ「白夜行」オリジナル・サウンドトラック(音楽:河野 伸)


「白夜を行く」がたまらなく好きだ。壮大なのに、繊細でもあり。


「君を照らしていたい」も良い。


暑いですね。

アクセスありがとうございます。

旅に出ておりました。

今日はその模様を紹介するつもりだったのですが、草臥れてしまいましたので、明日にします。

いや、明後日かな。

2007年6月25日 (月)

'07巣立ち

近所のツバメの巣を覗いてみたら、中にいる気配がない。



白い羽根が2枚はみだしているだけ。



実家に帰ったりして、しばらく見ない間に巣立って行ったようだ。



成長が早いなあ。





今日はまだまだ忙しいので、このへんで。

2007年6月24日 (日)

反省

昨夜はパソコンのゲームにはまってしまい、今日はほとんど寝て過ごすという、時間の使い方。


自己嫌悪し、落ち込み、反省する。


昨日は、母が私の名を呼ぶ声で目が覚めた。実家にいたわけではない。夢である。しかし、映像は無かった。声だけだった。怒っているような声だった。先日実家に帰った時、母は「アルバイトでもしてみたら」とやんわりと言う程度だったが、心の底では怒っているのかもしれない。


明日はウォーキングできそうだし、住民税も納めようと思うし、忙しくなりそうだ。今日よりも良い一日にしたい。

2007年6月23日 (土)

チ~ン。

迷った末、買わないことにしたコクーン歌舞伎のチケット。



ところが、音楽が椎名林檎と知って、方針変更。ちょうど追加公演のチケットが発売されるというので、これはもう参戦するしかない。



アクセス集中のメッセージを何度も見せられて諦めそうになりながら、アタックし続けた。



10時11分だったと思う。やっとログインできた。残席あり。



やった!



席種を選んでボタンをクリック。さあ、あとは決済だ。



と思ったら、予定枚数終了。席種を悩んでいた僅かな時間に誰かに先を越されたようだ。



教訓:勝ったと思って気を緩めれば足をすくわれる。最後まで油断は禁物。



追加公演にはWOWOWのカメラが入る。ちぇっ、またWOWOWか。諸事情により契約できない私には嫌がらせ以外の何物でもない。

2007年6月22日 (金)

舞妓Haaaan!!!

予告編の印象で“最初から最後までハイテンションで馬鹿に徹した映画”と思っていたら、意外にも真面目だった。映像美にこだわったと思われるシーンもある。


改めて考えてみれば、不真面目だったら舞妓さん関係の団体からとっくにクレームがついているか。


残念なことに植木等さんの遺作となったのだが、かつて植木さんが責任感を持って無責任男を演じたように、この映画も真面目にふざけているから品を失わない。


お茶屋さんとやらにいっぺん行ってみたいものだ。多分無理だけど。

今日の雨は私の涙雨

住民税の納税通知書(私は請求書と呼びたい)が届いた。


無職だから払わなくてもいいかも、なんて思ってたら、昨年中に収入があれば課税されるんですと。


ずっと天引きでお任せだったから知らなかったよ。


すると、年末まで働かないとしても、来年も今年3月までの収入について課税されるのか。まあ、しょうがない。義務だからね。果たしますよ。


住民税といえば、就職後も住民票を移していなかったのだが、数年前に給与担当の方を経由して、現住所の役所が「ずっとこっちに住んでいるんだから、住民票を移して、こっちに納税してくれ」と言ってきた。それで仕方なく手続きをしたのであった。


「ふるさと納税」大賛成!!


しっかし、納付額(私は請求額と呼びたい)がべらぼうに高い。税源移譲のせいなのは知っているけど、これは痛い。まじで痛い。


あたしゃ泣きたいよ。


2007年6月21日 (木)

無駄遣い

どこまで暴走するつもりだ。




与党よ。




各自治体の選挙管理委員会は参院選7月22日投票を既定路線として印刷物や掲示板を作っていたのだ。これらに「29」のシールを作って貼ったり、一から作り直すのにどれだけの経費と時間がかかると思っているんだ。




迷惑を掛けるのは役所の人間だけだと思っているのかもしれないが、実態はそうでもないらしいですよ。内閣総理大臣殿。




今からでも考え直したほうがいいと思う。



2007年6月20日 (水)

答えの見つからない問い

昨日の渋谷での爆発事故に関連して。



検索で引っかからないように名前を書かないが、あるタレントがブログで、その温泉施設に行こうと思ったのを直前になってやめたと告白した。それに対する読者からのコメントの中に「日頃の行いが良いから」、「神様に選ばれたから」事故に巻き込まれなかったのだという趣旨のものが見られた。



では、亡くなった3名の従業員は、日頃の行いが悪く、悪魔に見初められたというのか?



先日のオーラの泉で「運命はプログラミングされている」という話があった。



では、亡くなった3名の従業員は、生まれた時から2007年6月19日午後に爆発事故で死ぬと決まっていたというのか?



爆発の原因は解明されると思うが、どうしてその3名の人生が終わることになったのかが分からない。(例えば、誰も休憩しない時間に爆発していれば、せいぜい怪我で済んだはずだ。)



答えは出ないと分かっているのに、不幸な事故で誰かが亡くなる度に考え込んでしまうのである。「遺族」になってしまった方々も同じ問いを抱えていらっしゃると思う。



ただ、私は被害者とは何の関係も無いから(先祖をずっと調べていけばどこかでつながるかもしれないが、それは別として)そのうちに問うことを先送りしてしまうだろう。しかし、ご遺族の方にとっては生涯頭から離れない疑問になるだろう。

2007年6月18日 (月)

実家にいる。





私が無職であることを近所中に知られているため、基本的に昼間は外に出ない。夜の10時を過ぎてから、散歩に出かけた。




外灯など無い道。懐中電灯の代わりに持った携帯電話もほとんど役に立たない。怖くて立ちすくんでいると、その暗さに目が慣れるにつれ、仄白い空の下でアスファルトやガードレール、沿道の草木が浮かび上がってきた。




Y字状の分かれ道の分岐点に差し掛かった時、右へ行く道の向こうがヘッドライトで照らされ、私は隠れるように左へ急いだ。




車が私の歩いてきた道を逆走し、集落の方へ入っていく。見られなかったようだと安堵しつつ、分岐点に戻る途中、目の前で小さな光がゆるやかな曲線を描いた。




蛍か?




光は路面に着地した。静かに近付いて、携帯電話のディスプレイを向けてみた。




蛍だ!




蛍を見るなんて何年ぶりだろう。そんな感慨に浸っているうちに、蛍は離陸し、光も消えてしまった。




それから少しだけジョギング。イノシシなどが出没する所なので、沿道から何かの音が聞こえる度にどきりとした。




そして、帰路に就く。もう一度蛍を見たくて振り返りながら歩いていると、一点の強い光が斜めに下降した。光の行った先を追ったが、既に蛍の姿はなかった。




蛍の光は、一般に美しい、儚い、幻想的などと形容されるものだが、2匹目の蛍を見た時、私は逞しさを感じた。小さな生命の逞しさを。





家に帰ると、およそ40分の間に車庫に車が戻っていた。




弟よ、お前だったのか。

2007年6月17日 (日)

再挑戦の結果

雪辱を晴らすべく昨夜のケータイ大喜利に投稿したが、採用されなかった。




前回よりも自信があったが、運がなかったということだろう。




次回はどうしようかなあ。

2007年6月15日 (金)

結婚ですか。

宮崎あおいの結婚にはちょっとびっくりした。



以前に交際が報じられた時、どこかの週刊誌は「高岡蒼甫の事務所が宮崎を利用して彼の知名度を上げるために騒ぎを起こした」旨の記事を書いていたけれど、本気の交際だったのか。



妊娠はしていないそうで、そこはしっかりしている。「子供ができちゃったんで、舞台降板します」の誰かさんとは違うね。

新たなる挑戦

本日、新しい取り組みを開始しました。


成功すれば報告します。失敗すれば何も書かないかもしれません。


そんな感じです。

2007年6月14日 (木)

気分はハムレット

食うべきか食わざるべきか、それが問題だ。


夕食をとったにもかかわらず、空腹感を覚える23時。


何か口に入れるか否か、葛藤している23時。





さて、当地も今日梅雨入り。雨天につき運動を休んだが、明日以降もずっと雨が降るならカッパを着てでも運動しようかと思っているところである。いや、ウォーキングだけなら傘でいいか。まあ、空模様を見ながら判断しよう。

何やってんだか。

コムスンといい、NOVAといい、企業にとって利益を上げることが重要なのは分かるが、ルールや顧客との約束を守るのが大前提であって、それができなければどうしようもない。




飲酒運転で3人殺した元福岡市職員の裁判で、弁護側が業務上過失致死を主張しているのも、検察の言い分を全て受け入れない限り、戦術としてはそれしかないからしょうがないとは思うが、やっぱり事実と大きくかけ離れている印象をぬぐえない。




嘆かわしいニュースが多いなあ。

2007年6月12日 (火)

予想を遥かに超えた事態

今日は8kmか9kmくらい歩き、心地良い汗をかいて帰ってきたが、その数時間後、冷や汗をかくこととなった。


郵便受に差し込まれたドコモからの封筒を開けると、





請求金額が1万円を超えているじゃありませんかっ!!
(注:1万円超えは初めてのことである。)





うっそ~ん。





8千円と見込んでいたのに。





原因は分かっている。帰省中に某ブログをしょっちゅう見ていたのだが、パソコン向けに作られたブログであるために容量が大きく、パケット通信料が膨らんだのだ。


もう携帯でチェックするのはやめよう。早速ブックマークから削除した。


同封のチラシで月の途中でもiモードの利用状況を確認できることを初めて知り、これまた早速確認すると、今月末まで携帯を一切使わなくても約8千円請求されると判明。



数日前に来月中旬までの支出予定額を算出して憂鬱になっていたところに、今日の請求書。これはもう、締めてかからねば。

2007年6月11日 (月)

親と子

近所の空き家の入り口にツバメが棲んでいるのを発見した。

私が近付くと、ヒナの鳴き声がぴたりと止み、巣から出ていた頭も引っ込んだ。ヒトの存在に気付いた親鳥が、危害を加えられまいとしてヒナをおとなしくさせたようだ。

なにも取って食ったりしませんよ。巣を剥ぎ取ってスープにする気もないし。

私が離れると、徐々にヒナの頭が現れた。




ツバメの親は子を必死に守っているというのに、ツバメより高等であるはずのヒトの親が子を死なせてしまう。

4歳の子が母親の交際相手の虐待によって生命を落とした。母親が供述どおり虐待に加わっていなかったとすると、何故母親は男の虐待を止めなかったのか。男が強くて止められなかったのか、我が子よりも男のほうが大事だったのか、虐待ではなくしつけだと信じて疑わなかったのか、「殴る側だって辛いんだ」と男を擁護していたのか。いずれにせよ、母親の責任も重い。(虐待した男が一番悪いのは言うまでもない。)亡くなった子の姉(6歳)は虐待されていないのかもしれないが、そうだとしても心に深い傷を負っていることは想像に難くない。



それにしても、子供が死に至ってニュースで取り上げられる虐待事件のうち、同様のケースが多くないか?

若くして結婚、出産するも、数年後に離婚し、母子家庭となったところに男が入ってきて、やがて子供を虐待するケースが。

母親としては子供を含めて(むしろ子供を第一に考えるくらい)大切にする男を選ぶべきだし、男のほうも子供を好きになれないのなら、子供のいない女性を選べばいい。

いや、それ以前に母親と前夫が子供を持つことを望んだ上で妊娠に至ったのか否かが、こうしたニュースを見聞きするたびに気になる点である。

想定外の妊娠から生まれた子供が殺されているのだとしたら、学校教育の中で避妊についての指導を十分に行うべきだ。

避妊について生徒に教えるということは、生徒の性交渉を容認(或いは奨励)するかのように生徒に受け取られかねないとして否定する人もいるが、大人になれば自然と完全理解できるものではない(昔はそれでよかったのだろうが、現代は逆に誤解させるような情報が氾濫している)し、就職したら企業が教えてくれるわけでもないし、家庭で親が教えるかというと必ずしもそうではないだろう。ならば、学校で教えるしかあるまい(義務教育の中学が妥当か)。


もう一つ関心があるのは、虐待した者がどのように育てられてきたかである。虐待は連鎖するとも言われる。親に愛されなかった子供が長じて親になっても、子供をどう愛したらいいのか分からないのだ、と。



話がとっちらかった感じがしないでもないので、最後にまとめておくと、子供への虐待をなくすためには、法律と裁判だけではどうにもならず、発生した事件について子供が生まれる前まで遡ってもっと詳細に調査し、その結果を踏まえて種々の対策を講じていくべきと考える。

2007年6月10日 (日)

眠気解消ドリンクの効果について

先月、ある芝居を観に行ったのだが、途中頻繁に眠ってしまった。眠っては起き、また眠り。



カーテンコールで女優と目が合った。気のせいじゃないと思う。狭いホールの中で確かに目が合った。「あんた、拍手してるけど、ほとんど寝てたじゃないの」と、怒っているように見えた。



疲れがひどかったのかというと、前日泊のゆったりした行程で、さほど疲れていたとは思えない。では芝居がつまらなかったのかというと、ゆったりしたテンポで静かに進む話ではあったが、面白くないと思ったわけでもない。自分のことなのに眠った原因がつかめず、すっきりしない。



実はこういうすっきりしない気分を味わったのは、この日が初めてではない。ここ数年、観劇中に何故か眠ってしまうことが度々あった。



これではいけない。もう繰り返してはいけない。次回観劇する時は開演前に必ず眠気解消ドリンクを飲もうと決めた。



そして、先日、その時が来た。



眠気解消ドリンクを生まれて初めて飲んだ。前夜に睡眠時間が取れず、絶対的に必要な状況に追い込まれ、心ならずも効果を確認する絶好の機会となってしまった。



眠気が消える感覚は無かった。眠気が箱に閉じ込められ、頭の中の片隅にどかされている感じがした。箱のふたが開きそうな瞬間があったが、何とか乗り切れた。



芝居はなかなか面白かったが、飲まなかったらきっと眠っていただろう。そのくらい疲れていた。



結論:今後も観劇の際は、眠気を自覚していなくても、念のために飲むようにしよう。



***** ***** ***** *****

この文章を書くのにも四苦八苦。最も適切と思える言葉が出てこない。もどかしい。ボキャブラリーの少なさにうんざりする。

書く仕事をしたいと言っている奴がこんなことでいいわけがない。少しでも成長したい。

クレイジーケンバンド

コンサートのアンケートによくある質問が「あなたの好きなアーティストを教えてください」といった類のもの。大抵3組くらい書くようになっているのだが、私が必ずそこに書く名前の一つが、クレイジーケンバンドである。


一昨日、ライブに行った。会場は大阪のなんばHatch。


ジャンルの幅が広い、ごった煮的なところに惹かれる。最後の最後に尾崎紀世彦の「また逢う日まで」をもってくるなんざあ、たまらなくイイネ!

しゃべれども しゃべれども

某映画情報サイトで評価が高かったので、どんなもんかなあと思い、観に行った。



映画自体が一本の落語のようだった。人情噺。



海外で認められなければ(はっきり言えば「欧米人のお気に召さなければ」)上質な映画じゃないと錯覚している人が少なくなさそうな昨今、こういう映画が公開されることには大きな意味がある。



「火焔太鼓」をやっている時の国分太一には不思議な熱気が感じられた。

2007年6月 7日 (木)

夏は来ぬ。

ファンシーケースから半袖の服を出す。



法事に着て行っても咎められないであろう、最も地味なやつに袖を通して外に出た。



散髪屋に入る。前回から2ヵ月半経過したので、自分に解禁した。



散髪が始まると、目を閉じる。大抵はそのまま眠ってしまうのだが、今日は午前中たっぷり寝たので、ハサミの音とテレビの音声を聞くともなく聞く。



熊田曜子?



おもいっきりテレビに熊田曜子が出ているのか?



あの番組に出る人は大概若くても30代後半のイメージがある。よく似た声の持ち主なのかもしれない。



今すぐ確かめたいが、画面を見るためには首を右にひねらなければならない。しかし、散髪中にそんなことはできない。後でネットで確認することにする。



さっぱりしてアパートに戻ると、また着替えて再び外へ。



川沿いの道に入ったらランニングに切り替える。前回は1.8kmをノンストップで走れたのに、今日は1kmちょっとで止まってしまった。でも無理はしない。そこからはウォーキング。



帰ってからパソコンを起動させ、ネットで調べると、おもいっきりテレビに出ていたのは、やはり熊田曜子だった。



どこへ行くんだ、熊田曜子よ。



さて、私は何回熊田曜子と書いたでしょうか?


2007年6月 6日 (水)

6月6日の考えごと

少しずつ部屋を片付けている。

びっくりするような物が次から次へと出てくる。

どうしてその都度きちんと処分しなかったのだろう。

いや、自問するまでもない。答えはわかっている。

職場で疲れた自分をずっと甘やかしてきたのだ。

レジ袋の多さにも困ってしまう。

何かの役に立つかもしれないから置いておくか、プラスチックゴミとして捨ててしまうか、さっきから心の中でせめぎ合いが続いている。

2007年6月 5日 (火)

どうしてこんなに続くのか。

早過ぎる。58歳は早過ぎる。

羽田健太郎さんも亡くなってしまった。

時々見ていた「題名のない音楽会21」でピアノを弾く時の軽やかな指さばきが印象に残っている。10日(地域により異なる)放送予定の追悼番組のサブタイトルのとおり、まさに「ピアノに愛された男」だったと思う。

君も辞めたのか。

街のメインストリートを歩いていると、白いTシャツを着たN君に再会した。歩道の脇で何やら作業をしていたN君は、私に気付くと、ばつが悪そうに笑みを浮かべた。


彼は勤めていた銀行を辞めたという。「僕は会社のパソコンにゲームソフトをインストールしていただけなのに、不正なことをしたと言いがかりをつけられ、辞めさせられた」と興奮気味に語った。


それから、私に背を向けると右腕を伸ばして遠くを指差し、「向こうのアパートに住んでいるんだ。今度遊びに来てくれ」と言った。私は、そんなアバウトな説明では場所が分からないと思いながらも、黙って聞いていた。


そして、夢は終わった。


N君は相変わらず銀行で頑張っているはずである。

2007年6月 4日 (月)

荒波を越えて

北朝鮮を脱出した親子4人が日本にやってきた。日韓両国が人道的に対応すると明言しており、おそらくトントン拍子で彼らの希望通り韓国へ亡命することになるのだろう。



彼らは簡素な木造船に乗り、見つかって連れ戻される場合を想定して、自害するための毒薬を携行していたと報じられた。そこまでして逃れたい国って何なんだ。「将軍様」が聞いて呆れる。



脱北者支援団体は今回の脱出成功のニュースが北朝鮮に一気に広まると予想しているらしい。そうなると、同じように日本を目指す脱北者が増えるのか。それとも、悔しがっているに違いない北朝鮮当局の警戒が強まって、脱北にブレーキがかかるのか。
今後の動向に注目していかなければなるまい。

2007年6月 3日 (日)

叶わぬ願い

大きな仕事を目の前にしてこの世を去る無念は、いかばかりであろうか。



数ヶ月前、ふと熊井啓監督はどうしているのだろうと思った。ニュースによると、その頃監督は次回作の準備を進めていたということになる。そして、脚本がほぼ上がり、クランクインが見えてきたところで倒れてしまった。


さて、突然だが、私はテレビを見ている時、CM中などにチャンネルをころころ変える癖がある。昔、「お前と一緒だといろんな番組が見られていい」と父にさんざん嫌みを言われたものだ。
確か去年のことだったと思う。いつものようにリモコンのチャンネルボタンを押し続けていた指を止めたのはNHK教育だった。放送されていたのは介護の仕方を視聴者に教える番組。その中で要介護者役を演じていたのは石立鉄男さんだった。彼はベッドに横たわり、介護者役の人に体を起こされていた。
意味の無い仕事だとは言わない。尊い仕事だと思う。しかし、彼ほどの俳優でなければ演じられないものでないことは明らかだ。私は悲しく、歯がゆかった。
近年はあまり仕事に恵まれていなかった石立さんに秋に上演する舞台への出演の話が舞い込み、意欲を見せていたという。


熊井監督は倒れる前日まで、石立さんも亡くなる数時間前まで、普段と変わったところはなかったそうだ。あまりにも急な死であった。
熊井監督の新作も石立さんの舞台も観られないと思うと、残念でならない。



このところ、訃報にまつわる話ばかり書いているが、書かずにはいられなかった。

2007年6月 1日 (金)

先に書いときます。

帰省しようかなあと思っているので、またしばらく更新できないかもしれません。

じゃあの。

100本目の記事

この記事がちょうど100本目です。





読んでくださっている(読んでくださった)皆様にお礼を申し上げます。





100本目にあたり、このブログで初めて告白します。(正確には高校時代の作文に書いたのですが、思いつきのように適当な風を装って書いたので、先生は真に受けなかったでしょう。)





私は芝居を書いて食べていきたいのです。





頭の中にいくつかプロットはあるのですが、どれも煮詰まるどころか、これから火にかけようかという段階です。





そろそろテンポを上げていかないといけません。

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